カラスを賢いと考えてるようでは良いビジネスマンにはなれない

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カラスほどアホな鳥はいない

皆さん、カラスに対して利口、頭がいい、ずる賢いというイメージを持っていないでしょうか。確かに、カラスは人の顔を識別できたり、道具が使えたり、数字が数えられたりと鳥なのにそんな機能があるの?という意味では驚かされます。

が、しかし!

だからと言って、カラスが頭が良いと言ってしまっていいのでしょうか。我々都会に暮らす者にとってはですよ、カラスって人の顔を識別して、道具を使って、数字を数えて、そこまでして鍛えに鍛えた能力で得られるアウトプットが「ゴミ袋の中の悪臭のする生ゴミの獲得」ですよ。人間の食べ残しを得るために惜しげもなく動物の中でも屈指の脳みそをフル回転させる。めちゃめちゃアホじゃないですか、あまりにアホすぎで憐みすら浮かびますよ。

毎日毎日、人間のゴミをあさって生きていくというその環境自体には何の疑問を持たないで、大したアウトプットが得られもしないルールの中で多少の改善をして賢いなどと褒められているんだからどうしようもないですよ。

カラス人間になってはいないか?

さて、皆さんはカラスのように、仕事において与えられている環境、アウトプットの社会における意味には疑問を抱かずに、その生活や仕事のサイクルの中でのプロセス改善をセコセコセコセコやって、結果ちょっと効率よくアウトプットが得られるようになって、そのアウトプット自体は何ら変わらないので満足できるようなものではないにせよ、何か自分が成長した気になっているということはないでしょうか。

はっきり言って、そんなところで頭を使っても根本的な生活の向上にはつながらないんですよね。本当に賢いというのは、自分の生活している環境、人生におけるアウトプットを良くしていく行動ができる事だと思います。

たまには、自分が置かれている環境、目標としているアウトプットそのものを見つめなおして、それが自分の大切な時間、能力を多く傾けてまでやるべき物なのか、環境、アウトプットの目標自体を変えてみることで自分の人生が大変に満ち足りたものになることはないかじっくり考えてみることが大事だと思います。

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